東京都内で家賃が高いエリアといえば山手線内です。そんな山手線内における家賃相場を決定する要因はなんでしょうか。住みたい駅と住みたくない駅といわれる理由の要因となりえる昔の土地、いわゆる古地図から辿っていくとその地名がいい場所なのか悪い場所のか読み解けるかもしれません。ここでは、山手線29駅に絞り解説いたします。
山手線で住んではいけない地名を探る!
ここでは、山手線30駅を内回りで1つ1つ解説します。あくまで過去の歴史をもとにまとめています。(わかりやすく、住んではいけない土地には×で印は記載しています)
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池袋×
池袋の地名でもわかる通り「池」の文字が水を連想させます。川が袋上にカーブしている土地だったことから池袋と言われるそうです。かつて池袋の周りは水が流れる土地であったため湿地帯の土地です。さらに、有名な巣鴨プリズンといわれる刑務所が現在のサンシャイン周辺にありました。(サンシャイン横に慰霊碑もあり)人が死んだときに発生する怨念が漂っているため、池袋はやばいといわれます。
さらに、城北大空襲で豊島区は焼け野原になっており、その後、西口では闇市が発展したこともあり、池袋全体があまりよろしくない土地といわれる理由が揃っています。池袋は山手線の中でもトップクラスで土地としてはよくない要素が揃いに揃っているといえるでしょう。
目白●
古地図でみると水田地帯だったようです。第二次大戦後には、工場が集まる地域に変貌し製薬会社が周辺には密集していたようです。少し予想外な土地といえますね。土地としては豊島区の中では高級住宅街としてイメージが定着しており、昭和の頃には、華族という身分の人々が家を構えた土地といわれています。
高田馬場●
高田馬場の地名の由来は、高田君(松平忠輝公の母で茶阿局)と馬場(馬術の稽古場)を合わせた地名だそうです。江戸時代に遡ると馬場は馬術にはげむ武士たちの街として栄えていたようです。高田馬場は高台である地形のため、土地としては安心できるでしょう。
新大久保×
久保という字は「窪」からくる字といわれ、窪の意味することは土地が窪んでいる場所に名付けられることが多いそうです。水がたまる窪地を意味し、窪んでいる土地は邪気が溜まりやすく、心が荒む土地のため事件が起こる可能性が高いかもしれません。
新宿×
元々は宿場町だった歴史があります。歌舞伎町周辺には悪い気が漂っているといわれ、商売をするには悪くないが住むにはよくないといわれます。また、新宿は意外にも家賃が手頃な物件が多いです。特に西新宿方面はイメージと違い、家賃相場は都心にしては手頃な物件も存在します。
その理由として、過去に西新宿周辺は浄水場だった土地のため、住む場所ではなかったともいわれます。しかし新宿は場所によってはパワースポットもあるため、あくまで全体としてよくないだけであり、一部は非常によい気の流れの土地もあるそうです。
代々木●
代々木の地名の由来は明治神宮の東門付近にあった樅の木からくるそうです。東京オリンピックの選手村跡地として遷移し、その後は現在の代々木公園、明治神宮といった都内屈指の観光名所もあります。また、代々木上原駅周辺などは住みたい街ランキング上位常連で、かつては徳川山の地名で、高級住宅街として知られていました。華族と呼ばれる身分が高い人々が盤石な地盤の地である代々木上原周辺に住んでいたとされます。
原宿●
原宿といえば、近くに明治神宮のイメージが強いですが、かつて道の宿駅があったことから原宿という説があります。第二次世界大戦後アメリカ軍に代々木公園が占領されてから、表参道に向けて軍向けの商店やお店などが立ち並んだことにより、ファッションの街として栄えたそうです。また、原宿の「原」の字はこの辺りが、千駄ヶ原という原っぱだったことも由来するといわれます。
渋谷×
渋谷はいわゆる谷地で流れた水が集まる場所です。「渋」は「とどこおる」という意味で、渋谷は文字どおり「とどこおった谷」の地域であり水害も多いエリアだそうです。実際に渋谷は浸水で被害を受けており、2015年以降に、渋谷区は一時的な豪雨に対応できるよう、貯水館を設けて洪水対策に取り組みました。
また道玄坂近辺は山賊が出没するエリアだったといわれ、昔は危険地帯といわれていました。また、渋谷で事件や事故が多いのも人がいっぱい集まることが起因しますが、それ以外にも土地の歴史の通り、悪い気が滞ってしまうエリアなのかもしれません。
渋谷も範囲が広いですが、渋谷駅、道玄坂以外にもセンター街、渋谷のNHK周辺なども悪いといわれます。逆に、代々木上原に近い方や松濤あたりは高級住宅街でもあり、良い気の流れが通っているエリアともいわれます。
恵比寿●
今ではおしゃれタウンの代名詞ともいえる恵比寿ですが、かつては、下渋谷や三田村というエリアで農村だったとのこと。その農村エリアに「日本麦酒醸造会社」が建設され、時代の変遷とともに「恵比寿麦酒」という名称に変わっていきました。
そして、地名の由来になる「恵比寿」という恵比寿のビール工場にちなんでネーミングされたそうです。過去の歴史からみても、大名の下屋敷があったりと、土地としては人が住むような場所だと思われます。
目黒●
めぐろの「め」は馬を意味し、「くろ」は畔(あぜ)道を意味するそうです。この2つを足し合わせて馬畔(めぐろ)という
地名になり、現在の目黒へと遷移していきます。それ以外には、地形説があり、「め」は谷を表し、「くろ」は嶺を表すため、めぐろになったという説もあります。他にも「目黒不動尊」という五色不動の名前に由来するといういわれもあります。由来はともあれ、どちらかというと山手線の中では良い土地とも思われます。
五反田●
上大崎の検地水帳に「五たんだ」と記されており 五反を一区とする田地を意味する地名のようです。「反」は面積を表すため、面積が5反ということが五反田の由来で一番正しい可能性が高いです。
大崎●
明治時代以降、工場地帯として発展した土地が大崎です。工業地帯が再開発により、昔の面影はなくなりました。「崎」という漢字の地名は地盤が強い場所と弱い場所が入り混じっている可能性があるそうです。
品川●
水辺の漢字「川」が使われています。軟弱地盤地名の可能性があります。地名の由来は、しなりの川から「品川」になったという説もありますが、目黒川が付近にあるため、目黒川が昔には「しもなしがわ」といわれていたことから「品川」に変化したという説もあります。他にも品川にも多数の地名説がありますが、そこまで悪い土地のイメージはなく、高級住宅街といわれるだけあり地盤以外には心配なさそうです。
高輪ゲートウェイ●
高輪はもともと、高鼻輪→高縄という字から変化して高輪となった経緯があります。つまり、「はなわ」という意味になるそうですが、塙の字の対義語が圷(あくつ)となり高輪は高い場所にある土地と思われます。改名された地名はよくないところが多かったりしますが、高輪エリアはその意味では悪い土地ではありません。
田町●
水辺の漢字「田」が使われており、津波や洪水が懸念されます。しかし、ハザードマップで見る限り被害は少ない地域とされているようです。また、地名については、田んぼが町になることに由来して田町になっていったそうです。さらに、昔は旧東海道が通っていた時代背景もあり、交通の要路となっていました。
浜松町●
浜松町の元々の地名は「久右衛門町」という名称でした。現在の浜松町になった地名の由来は、権兵衛という人物が遠江国浜松の出身だったことからついた地名だそうです。また、浜松町は江⼾時代から交通やビジネスの要所となっていた土地であり、この一帯は大名屋敷が建ち並ぶ場所でもありました。今でも増上寺大門など歴史的な建物もあり、ビジネス街と歴史ある建造物が入り混じった特徴あるエリアともいえるでしょう。
新橋●
江戸城の外堀にかかる橋に地名の由来があると言われます。芝口橋と改称された後、正式に新橋となったようです。新橋は日本の鉄道起点になった場所であり、烏森の歓楽街など鉄道や文化、交通の重要な地域でした。しかし、関東大震災で港区新橋周辺は大打撃を受け、その後、復興し日本の主要都市へと発展していきました。
有楽町●
織田信長の弟で織田有楽斎に由来して有楽町という地名になったそうです。有楽原と呼ばれていた屋敷跡にちなんだ名称で、明治時代に有楽町と呼ばれるようになりました。
東京●
日本を代表する東京の中心である東京駅周辺には、丸の内や皇居があります。日本最強のパワースポットと呼ばれる皇居がある場所の土地の地盤は強固であるといわれます。また、東京駅の東側は「八重洲」と呼ばれ、「ヤン・ヨーステン」の記念碑があります。かつて徳川家康に仕えたオランダ人から八重洲の地名になったそうです。
神田●
「しんでん」という田んぼが伊勢大神宮にあったことから地名が由来するという説や、神田明神を創建した真神田氏の名前から神田をとりつけられたという説もあります。また、神田明神は鎮めの為に建てられた神社といわれ、また、神田神保町で知られる町名は神保家の屋敷からきた地名であるといわれます。神田は神社にまつわる土地というイメージが歴史を遡ると感じられるかもしれません。
秋葉原×
秋葉神社が由来と言われる秋葉原の地名。「アキバ」の通称で呼ばれるのは、秋葉神社神社がもととも言われます。ちなみに、電気街がある土地はかつて、江戸時代には下級武士が多く住んでいたエリアで、「火事と喧嘩」が多かったという地域です。現在の秋葉原も事件や事故が多いのは歴史を遡ってみるとイメージが湧く気がします。
御徒町×
秋葉原同様に、馬に乗ることが許されていない下級武士が多く住んでいたエリアといわれます。御徒組(おかちぐみ)という、下級武士の御徒に由来する地名です。また、日本最大の宝石の街として知られる一面もあり、御徒町駅周辺には、宝石関連店が多く存在しています。かつて、江戸時代には寺院が多かった街として名を馳せていたエリアのため自然と職人が集まったことから発展を遂げた街といわれます。
上野×
台東区根岸という住所でわかる通り、台地と川や海に使われる根岸の字が当てられています。水害や崩壊といった災害には注意が必要なエリアです。わかりやすい例としては台東区入谷などは谷という漢字が使われているため、低湿地であることがわかります。さらに、日本三大ドヤ街といわれた山谷があるのも台東区の特徴です。
鶯谷×
鶯谷は観光地である浅草や上野にも近く、駅目の前はラブホテルが密集しているエリアのため、風俗関係の人々には馴染みがある場所でもあります。ちなみに、「鶯谷」の読みは「うぐいすだに」ですが、この名前の由来はなんでしょうか。それは、昔はこの周辺で「谷にウグイスが棲んでいた」「鶯の名所だった」などが由来しているものといわれます。つまり、鶯谷の土地は谷であったことが想定されます。谷がつく地名はあまりよくないといわれることから鶯谷に住むことはおすすめできないでしょう。
日暮里×
荒川区に位置する日暮里。荒川区は地域危険度でも毎年トップ常連です。もともと荒川は荒々しい川から由来するもので、川の氾濫などに注意が必要です。
西日暮里×
日暮里同様に、荒川区に位置する地域で自然災害には注意が必要な土地です。
田端×
岸・海岸には「ハタ」という水害に関する字が使われます。田端はもともと崖の下の駅でした。田端のおとなり駒込の地は下記で解説する通り、あまりよくない地のため、土地が近い田端もあまりよくない可能性が高いです。
駒込×
「転」と「間」を組み合わせた用語といわれる駒込は谷底低地のため地震や水害に弱い地域といわれます。駒込には住みたくないという人もいる通り、山手線の中でも洪水が発生しやすい地域です。実際に、2017年のゲリラ豪雨の影響で駅が影響を受けて屋根が粉々になるなど被害を受けています。
巣鴨×
スガ・スゲという時が低湿地を表す漢字だそうです。大正時代には池が埋め立てられた再開発エリアになります。巣鴨という地名で巣鴨プリズンという処刑場が連想されますが、巣鴨プリズンは池袋サンシャインの場所にあります。また、巣鴨はおばあちゃんの原宿と呼ばれるほど高齢者の人口が増えた地域といわれます。
大塚×
窪地であり、昔はお墓だったといわれるエリアです。基本的に漢字で塚がつく地名の多くはお墓などがあった土地の可能性が非常に高いです。大塚という地名だけあり、大きな墓地だったエリアかもしれません。また、塚の字は処刑場跡地にもつく名前だそうで、なにかしら注意が必要な地名です。
まとめ
住んでいる場所が昔どのような土地だったかを知っている人は以外に多くはありません。もしかしたら、今この記事をご覧の方で住んでいる土地があまりよくない土地と気づいた人もいるでしょう。そうだとしたら、恐らくその土地には長くいたくないと思うかもしれません。
また、日本では、高いところにある土地はいい土地、低いところにある土地は悪い土地と言われることがあります。しかし、東京都内は摺鉢地形といって、複雑な地形をしているため、同じエリアでも高低差がある土地もあります。
ちなみに、その土地が高いところにあるか判定するには、地下鉄が地上にあるのか、深いところにあるのかで、ある程度判別することができます。東京では地下鉄がダンジョンのように深くなっているところが多くありますが、それは地形が関係しているためです。
また、いい土地には歴史的に有名な神社が建っていたりするので、土地を見極める際には古地図も合わせて、参考にしてみるとよいでしょう。